香りやデザイン、使い心地…全てに魅了されて立ち上げたバスアイテムのオリジナルブランド「LATVIA HAZE(ラトビア・ヘイズ)」の開発秘話。香りやデザイン、使い心地…全てに魅了されて立ち上げたバスアイテムのオリジナルブランド「LATVIA HAZE(ラトビア・ヘイズ)」の開発秘話。

自然が溢れる国、ラトビア。

ラトビア、その国名を聞いて何を思い浮かべるでしょうか。

ラトビアについて全く知らないという方も少なくないと思います。
北ヨーロッパに位置するその国は、バルト三国の中央、国土は北海道の8割程度の小さな国です。首都リガの歴史地区はユネスコの世界遺産に登録され、街を歩くだけで、多くの文化遺産に歴史を感じることができます。

手つかずの森や湖には、野生動物が生息し、ベリーやハーブの原料となる草花が豊かに育つ、自然あふれる場所がたくさんあります。

一方、気温0度以下が半年以上続き、冬はマイナス20度を記録することもある極寒。肌がパキパキとひび割れるほどの外気と室内の暖房による乾燥から、保湿ケアが欠かせない環境です。日照時間の短さから、太陽を崇める伝統文化が生まれました。誰もが春の雪解けを待ち望みます。

自然を身近に暮らすラトビアには、普段忙しなく生活する私たちが忘れかけている大切なものや、心を豊かにする発見があります。

仕事に追われる日々の中で、
「海外と日本をつなぐ仕事をしたい」という夢は諦めきれなかった。

私たちが暮らす都会は常に目まぐるしく、慌ただしさに追われる毎日。自然を気軽に楽しむ時間や場所を身近に持つことが難しくなっているのではないでしょうか。
また、複雑な社会構造のなかで競争の荒波に揉まれ、多様性を求められる環境に戸惑いながら自分自身を見失ってはないでしょうか。

私自身、生活をするなかで息苦しさを感じていました。バランスを取りながらもっと前向きに生きたい。好奇心や冒険心を忘れずに、日本と違った海外の文化や価値観も取り入れ、いつも新しいことに挑戦したい。高校生の頃、よりはっきりと感じ始めたのが、「海外と日本をつなぐ仕事をしたい」という夢でした。

そんな気持ちがあったからこそ、ラトビアという国に出会えたことはある意味必然だったのかも知れません。ラトビアとの出会いは、あるバスアイテムから始まりました。

海外引越会社で働く中、
出逢ったご夫婦にドイツでの仕事に誘われる。

2004年、私はヘッドハンティングを受け横浜で海外引越コーディネーターとして働いていました。海外・日本駐在の政府高官、外資系企業社員や公的機関職員の引越荷物を、海外の引越業者と協力して輸出入するという業務でした。

その時、担当したイギリス人とジャマイカ人のご夫妻の引越。日々のやりとりから親しくなり、横田米軍基地内の自宅に招かれました。夫ポール氏は、基地内でアメリカ車販売代理店を営み、職場を案内してくれるとともに、その仕事の面白さを話してくれました。

そして「ドイツで一緒に仕事をしないか?」と声をかけられたのです。元々海外で働きたいという想いが強く、海外で自分の実力を試したい気持ちがありました。そして、「独立するまでサポートする」という心強い言葉に入社試験を受けました。

そして、ドイツ行きを決意…職場はNATO空軍基地内。

筆記試験と面接試験に合格した私は、当時勤めていた会社を辞め、ドイツ行きを決めました。海外での就業。これまでの経験と努力が日本以外の国での仕事において、どれだけ通用するのか試してみたいという念願の夢が叶った瞬間でした。出発直前まで、様々な書類や手続きに追われる日々。ドイツのNATO軍事基地で、アメリカ車販売代理店として日本人が働く、という三カ国に渡る軍事協定にまで関わる複雑な構造に、外務省の助けが大きな後押しとなりました。

2005年10月。NATO軍事基地「ラムシュタイン」へ。
そこは、在欧アメリカ空軍とNATO連合軍司令官のアメリカ空軍の本部として機能し、約三万人が働く大規模な基地。敷地内には、幼稚園から大学院、住宅地、ホテル、病院、ショッピングモール、映画館やボーリング場、教会にスポーツジムまで備わり、一つの町のようでした。

広大な軍事基地で、
イギリス人の同僚たちと切磋琢磨して働く毎日。

私の職場は、販売代理店の同僚とシェアオフィスと、その前にある屋外のショールーム。仕事は、モデル車に興味を持つ軍人客に話しかけて売り込む、完全歩合制の営業販売です。

同僚は、主にイギリス人。アジア人で英語を母国語としないのは、私だけでした。
販売するのは、フォード、クライスラー、ジープ、ダッジ、ハーレー・ダビッドソンのバイクなど。毎日外に立ち、通り行く軍人さんたちに、とにかく話しかけて興味を持ってもらうことから始まります。どの車を勧めるかは、軍の階級を示すバッジから経済状況を判断し、効率よく販売しなくてはなりません。同僚とお客様を取り合うこともありました。

真冬は気温マイナス10度になることも…
寒さの中、毎日8時間以上屋外で立ち続けなければならなかった。

勤務地ドイツは、真冬はマイナス10度になることもありました。片足ずつコートの中に引っ込めて暖を取り、1時間おきに車から雪下ろしをする毎日。足の神経が痺れるほどの極寒の中、1日8時間以上働かなくてはなりませんでした。

仕事を終えると基地を出て、ドイツの生活習慣です。日々の生活において、節約やエコの意識が高い国で、夜22時に暖房や湯沸かし器は止まり、壁伝いに設置されたほんのり暖かいだけのオイルヒーターのみ。私は幸いにも日本から電気毛布を持って行っていたので、それで暖をとりながらなんとか眠りについていました。

そこで出逢ったあるラトビア人から
これからの運命を変えるとも言えるギフトをもらう…。

職場のあるNATO空軍基地には、今では30か国となった加盟国の将校や兵士が勤務していました。ドイツ人、アメリカ人、イギリス人、イタリア人、フランス人、北欧諸国やバルト三国など様々な人種を見かけました。

2005年当時加盟したばかりのラトビアより、たった一人だけ空軍大尉が勤務していました。
ラトビアはヨーロッパ諸国にも関わらず、知る人は少なく、彼は毎日「ラトビアってどこ?」と聞かれることにうんざりしていまいた。基地の門に交代で検問に立つ、加盟国の兵士にすら、身分証明を見せても国の場所を聞かれていました。

私は彼から、ラトビアについての話を聞くことが日々の楽しみになっていました。ラトビアという国、暮らしや文化、住んでいる人たちのこと…彼に出会わなければ知ることができないエピソードばかりでした。

ある日、いつものように屋外で寒さに震えながら働く私に、ラトビア空軍大尉は、ゆっくり温まりなさい、と「ステンダース」というラトビア発祥のお店のバスアイテムを手土産にいただきました。会う度にラトビアという国について熱心に話を聞く私に、自国の商品を通してもっとラトビアについて知って欲しいという彼の気持ちがあったのでしょうか。

良い香りを纏った箱を開けると、石けんとバスボールがドライフラワーに彩られていました。

私は肌がとても弱く、使えるバスアイテムは敏感肌用に限られていました。なので「日本製でない」というだけで肌が荒れる気がして心配になりました。しかし、彼からいつも聞く、「豊かな自然を生活に取り入れた暮らし」について聞いていたので、「それだけ自然が豊かな国で作ったバスアイテムなら、なんだか悪くはなさそう…」という気持ちで、恐る恐る使ってみました。

ドイツの硬水でも生クリームのように泡立つ石けん、広がる優しい香り。バスボールを湯船に入れると、シュワシュワッと発砲し、塩と植物オイルが広がり、バスルームが上品な香りで包まれます。植物オイルのおかげでお湯は冷めにくく、肌触りがとってもまろやか。雪の積もる寒さの中立ち続け、感覚がなくなるほど冷え切った私の脚に生気が蘇ります。

湯面に浮く濃厚なオイル成分に「肌にまとわりついてベタベタになりそう。大丈夫なの?」と、入浴しながら不安になってきます。ところが、その不安を吹き飛ばし、素早い肌なじみとしっとりとした仕上がり。

かゆみも肌荒れも全く起きず、ボディクリームもいらないほどのもちもち肌に仕上がり、これまでよりも肌の調子が良くなったのです。日本から持参した保湿クリームとは格段の差の仕上がり。

「すごい!」と思わず感嘆の声が出ました。しかも、そのポカポカとしたぬくもりは持続し、部屋の暖房が切れて電気毛布を使うことでしか暖を取れなかった寒い夜でも、その日は特別ぐっすりと眠れました。

もらったバスアイテムがなぜこれほど魅力的なのか…
その答えはラトビアという国にありました。

この経験から、どうしてこんなにも素晴らしい商品がラトビアから生まれたのか、調べるようになりました。

ラトビアは、11月から雪が降り、そして、4月に雪解けという気候です。極寒のピーク2月にはマイナス20度にもなり、口を覆わず呼吸することは危険です。冬の外気の乾燥と、室内の暖房で、お肌はカサカサになります。

なので、乾燥対策は欠かせません。化粧水や乳液では保湿が間に合わず、植物オイルやシアバター、カカオバターなどの植物バター、さらに、ミツロウを配合した濃厚な保湿剤がたくさんあります。

さらに、サウナで全身に「サウナハニー」と呼ぶはちみつを塗る健康法があります。発汗後の開いた毛穴から浸透させて保湿し、厳しい寒さや乾燥から肌を守ります。

深く「納得!」この国だからこそ、生まれる魅力的なバスアイテム。
ラトビアの気候、文化、習慣から生まれた知恵、素材、製法が詰まっているから、こんなに香りが良く、肌に優しく、しっとりもちもち肌になる。

香りやデザイン、使い心地…バスアイテムの全てに魅了され、
バスタイムがまるで秘密基地で過ごすような楽しい時間に変わる。

香り、デザイン、保湿力、コンセプト、使い心地…ラトビアで作られた「ステンダース」のバスアイテムのすべてに魅了されました。と同時に、私のバスタイムは大きく変わりました。

疲れた時、自分自身をいたわるリラックス空間。
迷った時、立ち止まり自身と向き合う空間。
アイデアを求める時、自然を感じる空間。
海外の香りに包まれ、想像力を膨らますことができる空間。
そして、頑張った日はご褒美の空間。

今までのお風呂の時間はルーティンでしかなく、ただ体を綺麗にするための作業のような時間でした。そんなものとは打って変わり、それからのバスタイムは私にとってまるで秘密基地で過ごすような楽しい時間になったのです。

そこからある想いが湧き出ました。
「バスタイムが特別な時間になる楽しさを、日本の人たちにも味わってほしい。そして、海外と日本の懸け橋になりたい。そうだ、日本にもステンダースのお店を出店しよう!」
今まで思い描いていた「海外と日本をつなぐ仕事がしたい」という自分の夢と願いが、パズルのように合わさったのです。

「日本の人たちにもラトビアのバスアイテムを使って欲しい」
という想いから、日本での出店交渉をするため自らラトビアに出向く。

2007年2月。マイナス20度の極寒がどれほどか想像もつかぬまま、情熱と調査資料を持って「ステンダース」の本社ラトビアへ、日本での出店交渉に行きました。
ステンダースは当時15カ国に70以上の店舗を出すほど事業拡大している会社だったのですが、日本どころかアジアには一店舗もありませんでした。そして、日本人と話すことが初めてという社長と担当者に、どのように日本市場を理解してもらうか…。

私はステンダースを最大限学びたいと店舗研修を願い出て、思いつく限り、しつこいほど質問攻めをし、たくさんの情報を集めました。その熱意と行動力が「この日本人はやるぞ!」という信頼に繋がったと、後で知りました。

持ち前の情熱と行動力により、
ラトビアのバスアイテムを販売するお店「ステンダース」の日本初上陸が決まる。

そして、念願の日本での初出店が決まりました。出店予定まで3ヶ月を切る中、すぐに不動産会社を8社巡り、60件以上の物件情報に目を通し、20件を現地確認。絞り込んだ3物件は、日を変え、時間を変え、毎日人通りを現地調査しました。

「この辺りはビジネス街だから仕事終わりの人がお店を覗きに来てくれるかもしれないな」「あの人はOLさんかな…持っているバッグもおしゃれだから、うちのおしゃれな商品も気に入ってくれるかも」など、調査の中で見かけた人たちを自分なりに考察していました。

また、普段から街を駆け巡っているタクシーの運転手さんも有益な情報を持っているのではないかと考え、調査のためだけにタクシーに乗り、候補となっている店舗周辺の情報を聞きまくりました。そうやって集めた情報によりお店に合う客層が一番居そうだと思えた場所が、今店舗を構えているエリアでした。

レジはどこで買うのか、内装業者はどうやって見つけるのか、販売計画、コスト計算と値決め、販売促進とマーケティング、未経験のことばかりです。中でも、個人での薬事法と輸入許可には本当に苦労しました。これまでの経験を、かき集めて思案、行動。問題しか起きない毎日。うまくいくことなんて、ひとつもありません。解決していくのみです。決意と粘り強さが頼りでした。

決意から三ヶ月…。
ラトビアの香りいっぱいに包まれたお店が大阪のオフィス街にオープン!

2007年5月、大阪のオフィス街である谷町四丁目に日本およびアジア1号店をオープンしました。もとは自転車屋だった物件。赤と白だったテントを自分で少しずつ、緑色に塗り替えます。店舗のガラスドアは、予算と相談してデザインを調整。そして最後に、看板が付きました。

日々少しずつ変化する様子に、当店が佇むオフィス街の皆様が興味を持って話しかけてくれました。
しばらくすると、ラトビア人の家具職人が店内で家具を組立て始めます。数日後、あたり一帯が良い香りに包まれ、香りの所在を確かめようと周囲を見渡しながら歩く人の姿が。40フィートのコンテナでラトビアから送られてきた石けんと入浴剤が店内に、次々と運び込まれます。
語りきれない物語が詰まったお店が、オフィス街に誕生しました!

「ステンダース」のオープンから10年も目前になる頃…
溢れる想いから生まれた、新たな決意。

ラトビアを訪れる度に出逢う新しい商品、膨らむイマジネーション。ステンダースに加えて、他にも素晴らしい商品を提供したいという想いが溢れました。ステンダースを日本に上陸させて10年を目前にした頃、新たな決意をしました。
「自分のブランドを立ち上げて、自分が良いと思うオリジナル商品を作って販売しよう!」

現地の会社を訪問し、商談を重ね、新たなブランドを取り扱い始めました。そして、私自身が考えるレシピやコンセプトを商品として形にしてくれるラトビアのメーカーを見つけたのです。そのメーカーは商品を現地ラトビアで人の手によって作り出されることにこだわっているので、ぜひその会社にお願いしたいと思いました。ラトビアで生まれた知恵や製法、素材だけでなく、そこに暮らす人々と出逢いや関わる中で生まれる感性や発見を商品の一部と考えたからです。

こだわりを詰め込んだバスアイテムのオリジナルブランド
「LATVIA HAZE(ラトビア・ヘイズ)」を立ち上げる。

そして、日本で唯一の【ラトビアのハンドメイド・バスアイテム専門店】である、「LATVIA HAZE(ラトビア・ヘイズ)」が誕生しました。
ラトビア・ヘイズとは、英語で「ラトビアの霧」という意味。

霧がかかった幻想的なラトビアの森。霧の向こうに見える何かに、恐怖心というよりも、好奇心がくすぐられ思わず一歩を踏み出してしまう…。
行動する勇気が湧いたり、心のアンテナを磨いたり…
そんなラトビアの霧からインスピレーションを得て生まれたのが、「ラトビア・ヘイズ」なのです。

ラトビアの森や伝統サウナをイメージした店内で、
異国ラトビアの文化や価値観に触れる体験を。

オフィス街に佇む当店は、行き交う人たちが思わず立ち止まる優雅な香りで包まれています。店内は、ラトビアの家具職人が手作りしたゴシックスタイルの重厚な家具が並び、そこには表情豊かな石けんや彩りのある入浴剤が積み上げられています。天井からはラトビアの森と伝統サウナをイメージし、ドライフラワーが吊り下げられ、異国情緒が漂います。

気軽に商品を試しながら、豊かな香りの中から生まれる想像や空想、発見する喜び、新しいものを採りいれる楽しさを体験して頂けるよう、そして、商品にまつわる異なる文化や価値観の魅力なども、お伝えしています。何度も訪れたくなる居心地の良い場所、そんなお店づくりを心がけています。

当店では極寒の地で生まれた高保湿石けん、炭酸保湿入浴剤、ラトビアの特産品であるはちみつや琥珀、白樺芽、菩提樹の花などを配合したトリートメント・オイルジェル、サウナハニーやスクラブなど日本初上陸の独自アイテムを取り揃えています。

バスアイテムのひとつひとつに込めたラトビアの魅力を、
香りに包まれながら感じてもらえますように…

温かく人々に寄り添い、様々な体験や発見をもたらすラトビアの自然。
静かに佇む風景の中に見え隠れする魅力。
自然を採りいれる豊かな文化。
そのひとつひとつを大切に拾い集め、バスアイテムに込めています。

オーナー自身がラトビアの現地を訪れ、開発者と対話を重ね、素材から製造工程、使い心地に至るすべてを検証しています。そして納得した商品は、香り、色、使い心地の良さなどを、さらに日本で検証し、皆様に喜んでいただけると確信したものを取り揃えています。

バスアイテムの香りを帯びたバスルームの湯気の霧(HAZE)にゆったりと包まれながら、とびきり癒されるバスタイムをお過ごしください。

「海外と日本をつなぐ架け橋の
ような存在なりたい」
−−−−オーナーが語る、
商品に込めた夢や想い。

私は7才から当時には珍しいバレエ、機械体操、劇団などの習い事をし、友人と共通の話題についていけず、周りから浮いていると感じていました。人と違うことに価値があると育てられ、当時は周囲に溶け込めないことが多く、学校では自身の居場所を見つけられずにいました。

16歳の夏。
海外を見に行ってみてはと両親の薦めで、カナダに暮らす叔父を訪ねる機会を得ました。初海外はまさかのひとり旅でした。

生まれて初めて行く外国。
中学生程度の英語力での国際線搭乗、乗り継ぎ、道中は大冒険でした。
モザイク文化と呼ばれるカナダ、到着するとさらなる驚きの世界が広がっていました。
人種、宗教、食べ物、生き方や考え方は多様、見聞きするすべてにカルチャーショックを受ける中、感じたこと。
「いろんな人のための、いろんな居場所がある!」
私は、自分の居場所を見つけたようでとても嬉しくなりました。

これを機に英語力を高めた私に、カナダ再訪のチャンスが!
私の異文化体験を人に話すたび、面白いと喜ばれるようになりました。
それが嬉しくて、私は日本と外国をつなぐことを意識し始めたのです。
もっともっと学んで、日本と海外の懸け橋になりたい! 海外留学への想いは一層強くなりました。

奨学金を得て叶えた、カナダ留学。
大勢の人から、毎日のように日本について聞かれました。
私を通じて知る日本に、みんな興味を持ち、とても楽しそうです。
さらに、北米やヨーロッパをひとり旅し、様々な交流を重ねると、日本についての質問は思いがけず種類が増えたのです。
「日本に興味があるけど、英語を話せる日本人に会ったことがない。だから、あなたに聞いてもいい?」

培った英語力、異文化に暮らし得た視点、そこに溶け込むコミュニケーション力、私の役割は「日本と海外の懸け橋になること」だと確信しました。

帰国し、貿易会社に就職しました。
約10社の勤務に英語力と実務経験を培う中で、好きなものを合わせれば、もっと楽しい懸け橋になるという想いが芽生えました。想いは膨らみ続けて10年。
私の想いをつないだのが、ラトビアのバスアイテムだったのです。

私の夢「懸け橋」
異なる文化や生活習慣、価値を表現するバスアイテムを通じて、日常のバスタイムに新たな出逢いや発見が生まれるような楽しい体験につなぐこと。

日常のバスタイムに新たな出逢いや発見を生む

日本とは異なる文化や価値観を感じられる香り、デザイン、ストーリーにこだわっています。

未知なる国ラトビア。
それは、私たちが忘れかけている大切なものや心を豊かにする出逢いの国。
温かく人々に寄り添い、様々な体験や発見に誘うラトビアの自然。
静かに佇む風景に覗く魅力。
自然を採りいれる豊かな文化。
そのひとつひとつを大切に細やかに集め、バスアイテムに込めています。

ラトビアで生まれた知恵や製法、素材はもちろん、そこに暮らす人々とふれあう中で生まれる感性や発見をイマジネーション広がる楽しいストーリーとともにお届けします。

優しい使い心地、高い保湿力、香り

肌の弱い私にとって、バスタイムは、ただ体を清潔にするための作業のような時間でした。ですが、ラトビアのバスアイテムと出会い、私のバスタイムは劇的に変わりました。
デリケートな肌にもシンプルで優しい使い心地、しっかりとした保湿力にこだわり、現地を訪れ、開発者と対話を重ね、素材から製造工程、使い心地に至るすべてを検証し、納得した商品だけをお届けします。
そして、香り、色、使い心地の良さなどをさらに日本で検証し、皆様に喜んでいただけると確信したものを取り揃えています。

会話が弾むギフト

あなたの体験が、誰かの新たな出逢いや発見、喜びや楽しさとなり、そこに生まれる会話。
ひとつひとつ表情豊かな手作りバスアイテム、あなたが選ぶアイテムと自然の趣に個性が光るドライフラワーを詰めて仕上げる花束のようギフト。
同じものはひとつとしてありません。世界にひとつだけのギフトに笑顔あふれる会話が弾むことを願っています。

私の提案する商品が「自分が創る、自分だけの自由な空間」を演出し、さまざまなことに前向きに頑張るすべての人の日常を、楽しく豊かな世界へつなぐお手伝いができれば、とても嬉しいです。

LATVIA HAZEオーナー 谷本瑞絵

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